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特使のご紹介

山田 浩太郎さん

山田 浩太郎

野々市市出身。平成25年に埼玉県から野々市にUターン後、平成27年に父の出身地である白峰地区に移住。失われつつある伝統や風習を受け継ごうと「シラミネ大学」を創設。白峰の伝統工芸や昔の暮らしを学ぶ講座などの企画・運営。平成30年には林業と体験型観光を組み合わせた「林泊」を進める「白峰林泊推進協議会」を立ち上げ、林業体験会の実施や空き家活用に向けた調査などを行い、誘客や定住促進に取り組んでいる。白峰エリア担当。

インタビュー

山里の白峰に残る独自の暮らしと文化を大切にしたい。

「白峰は、とても良い所です。来てみるとお分かりになると思いますよ。」
霊峰白山の麓の里、白峰に移住してもうすぐ丸6年になる山田浩太郎さんは、インタビュー時32歳。野々市市出身で、白山市白峰地区はお父様のふるさと。こどもの頃から何度も訪れた馴染み深い土地でした。
高専で機械を専攻し、卒業後は、関東の企業に就職してバイクの設計などを手掛けていましたが、都会に暮らしてみて、自然豊かな石川県の良さに気づき、地元に戻って豊かな自然のなかで農業に携わる仕事をしたいと思うようになり、石川へUターン。初めは、実家のある野々市市で友人たちと一緒に畑を借りて趣味でサツマイモ作りをしていましたが、それでは飽き足らず、白峰で畑を借りてやってみようということになりました。当初は、実家から通っていましたが、白峰に住む親戚や近所のおじちゃん、おばちゃんたちとの付き合いを通じて、地域のつながりが残っている白峰ってすごくいいと感じるようになりました。そうした人付き合いが今でも濃く残っていることをすごく新鮮に感じて、この地域のために自分が何かしたいと、白峰への移住を決意しました。

ヨソ者と地元住民が一緒になって、楽しいことが動き出した。

山田さんが移住してからのわずか6年間で、白峰にはすでに数々の新たな動きが起こっています。
移住3年目に、「白峰の生活、文化を残すため何かしたい。白峰をもっと知りたい、楽しみたい」という思いから立ち上げたのが、『シラミネ大学』という市民大学です。

地元住民、地元出身者、白峰にUターンしたいと考えている人や大学生など、20代の若者を中心に10数名で始動しました。地域の様々な人に先生になってもらい、ここに暮らしていてもなかなか体験できない伝統的な文化などを楽しみ尽くそうと、地域独自の民謡を学んだり、山菜取りをして郷土料理を習ったりし、報恩講(ほうおんこう)(※)を自分たちで開催させてもらえるようにもなりました。
また、ハロウィンの時期に地域のお年寄り宅を訪ね、お菓子を配るイベント『白峰ハロウィン』を開催するなど、独自の企画にも力を入れています。

※親鸞聖人の命日に、親鸞聖人の教えを聞き、感謝する仏事で、参加者は精進料理を共に食べる。

小さな社会が面白い。

山田さんが実感しているのは、コミュニティの程よい大きさ。白峰は集落がコンパクトです。ここで暮らしていると、地域の様子が見え、動きが体感できるといいます。実家のある野々市市では、全く知らない人にあいさつすると驚かれてしまいそうですが、白峰ではあいさつするのが当たり前。また、自分が今日働いている所にお客さんとして来てくれた人のところに、次は自分がお客として行くこともあります。白峰にいると「社会が回っている」のを体感できるのです。
「小さな社会が面白い」、その心地よさを選んで来てくれる人もおり、実際にこの5年間で多くの方が、主にUターンで白峰に移住してきています。「昔は、田舎って井の中の蛙かなと思っていたんです。」しかし、今の情報社会では、若者をはじめいろんな世代がインターネットを使いこなし、車があれば白峰から1時間で金沢等の都市部にも出られます。つまり、ちっとも井戸の中じゃない。むしろ、ここが心地よくて、あえて選んでここにいるという状況じゃないかと思うんです。 白峰村時代から約20年間にわたり、東京のNPOを通じて継続的に人材を受け入れ続けている、『緑のふるさと協力隊』事業(※)からも移住者が出ています。山田さんもこの事業に参加した若者をサポートし、3名の移住を実現しました。「僕が白峰に来てからも多くの隊員がプログラム終了後も白峰に残っています。彼らが白峰を選んだ理由もやはり、この地域の人や暮らしがいいということが大きかったようです。」
さらに、『林業体験会』を行った際は、座学や測量実習のほか、まちなみガイドの時間も設けました。京都からの大学生など10名弱が参加し、「また、この地域に来たい」との好評の声を多くもらいました。

※農山村に興味をもつ若者が、地域再生に取り組む地方自治体に1年間住民として暮らしながら、地域密着型の活動に携わるプログラムでNPO法人地球緑化センターが提供。

「白峰では“飲みニケーション”が盛ん。歩いて帰れる近場にお店があるので、都市部にいた時よりも、飲んだ夜の帰りも困りません」。
白峰は山深い豪雪地帯。人々は山の恵みと共に生きてきました。その暮らしの営みから育まれた地方色豊かな伝統が、白峰には息づいています。中心市街地は国の重要伝統的建築物群保存地区に指定されており、その中に日常生活があります。日々の暮らしと伝統が今も一体な土地です。

しごとは、一人何役も担う兼業型で活動中。

現在の山田さんが活動のメインとして注力しているのが、2018年に立ち上げ、これからいよいよ本格的に始動する『白峰林泊推進協議会』の事業を軌道に乗せること。農林水産省が“都市と農山漁村の共生・対流”を旗印として、2020年の東京五輪開催なども視野に推進している「農泊」のひとつとして、林業地域である白峰では『林泊(りんぱく)』を掲げました。ここ白峰では、「観光」と「地域の維持」の両輪で取り組みを進めようとしています。山田さんはその一環として、「空き家対策」、「移住者支援」につながる動きも意識しています。「空き家対策」としては実際に地域の50軒程度の空き家を調査し、今後の利用について検討しています。
山田さんの肩書は、実は他にもいろいろ。先の『シラミネ大学』の代表でもあると同時に、『白峰観光協会』理事としての顔もあります。また印刷物やウェブサイトの制作業務も行っています。

さらに、地元の伝統的な地場産食品である『とち餅』屋さんでのアルバイトも兼務しており、栃の実の加工を現場でイチから学びました。そこで身に着けたスキルを活かし、『とち餅ジェラート』の商品化に成功。同じく地域の特徴的な食品である『堅豆腐』を使った『堅豆腐ジェラート』とともに、市場に送り出しました。
地方に行くと、実は仕事がたくさんあって、人手不足。これは、おそらく一般的なイメージとは真逆な実態です。
山田さんのように、いろんな仕事を併行し、いくつもの顔を持ちながらさまざまな役割を地域で果たすというスタンスは、地方への移住を考えるにあたり一例として心に留めておくとよいのではないでしょうか。

「意識しつつ、気にしない」。これからの移住者へのアドバイス。

自分が移住時に経験したのと同じ苦労をさせないようにと、気付いたことは伝えています。何か新しいことに取り組もうとするときには、話をもっていく人とその順番を間違えないほうがいい。それを間違えないためには、自分ひとりで進めようとせず周りの人に聞くこと。その時こそ移住者ならではの強みを発揮して、「知らないんで、教えてください」と周囲を巻き込むのが秘訣だといいます。
心構えとしては、『郷に入れば郷に従え』の気持ちを持ち、地元の人よりもむしろ敏感になりつつ、それでいて気にしないこと。そして意外に大切なのは、最初からあまり頑張りすぎないこと。つい最初は顔を売ろうと頑張ってしまいがち。でもむしろスロースタートで、だんだん加速していくほうがいい。 これから来る移住者さんにとって、心強い先輩がいるという意味でも、白峰は注目の地域です。