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地区の魅力を活かして空き家を利用したコワーキングスペースを開設|松田優樹さん

金沢市のまちなかから、車で20分ほど走った富山県との県境に位置する「三谷地区」。
「金沢市地域おこし協力隊」の松田さんは、この地区にある築80年の古民家に移住し、地域おこしに取り組んできました。
「これといった特産品もなく、何をフックに地域おこしに取り組めばいいのか?」。
思い悩んだ松田さんが出した答えは「市街地の便利さを失わずに、
里山暮らしができる」という三谷地区のロケーションをPRすることでした。
2021年3月で協力隊の任期を終える松田さんに、三谷地区での活動を振り返ってもらい、
次に協力隊として活動しようとしている人へのアドバイスをもらいました。


#どこか懐かしい風景が広がる金沢市・三谷地区

 

金沢市地域おこし協力隊/松田優樹(まつだ ゆうき)さん
大阪府東大阪市出身。兵庫県の大学院卒業後、通関関係の会社に就職。
里山での暮らしに惹かれ、2018年3月、金沢・三谷地区に移住。金沢市地域おこし協力隊として、
地区を紹介するハンドブック「金沢×里山 みたに」の制作やコワーキングスペース「里山オフィス」の開設に取り組む。
奥様と小学生の子どもの3人暮らし。

 

〇松田さんが「地域おこし協力隊」になろうと思ったきっかけを教えてください

大学で「循環型社会」をテーマにしたゼミに在籍していたこともあって、
循環型社会とか、持続可能な暮らし方に興味がありました。
いま、さまざまな分野で「循環型社会」が注目されていますが、
戦前までの日本人の暮らし方は、循環型社会そのものだったと思っています。
遠くに新しいものを探すのではなく、「一度原点に立ち返る必要があるのでは?」と感じていました。
当時は大阪で暮らしていましたが、古き良き日本の暮らし方を自分自身が実践したいと思うようになり、
大阪ふるさと暮らし情報センターで情報収集したり、
セミナーに参加したりして「移住」について真剣に考えるようになりました。

 

〇「地域おこし協力隊」は全国で募集していますが、なぜ金沢を選んだのですか?

母の実家が小松市にあって、子どもの頃はよく石川県で過ごしていました。
そんな思い出もあって、石川を候補地にしました。
自分はともかく、妻や子どもは田舎暮らしの経験がありません。
本当にものすごい田舎に、いきなり移住するのはちょっと厳しいと考え、
都市的な暮らしと田舎的な暮らしのバランスが取れていた三谷地区での活動内容だった
「金沢市地域おこし協力隊」に応募することにしました。

 

〇初めて「三谷地区」を訪れたときの印象は?

初めて「三谷地区」に行ったのは、三谷公民館で行われた協力隊の面接のときでした。
まちなかから、どんどん山の方に入っていくので、ドキドキしたのを覚えています。
車で20分ぐらいでしたが、そのときはすごく長く感じました。
でも、風景はすごくきれいで、紹介してもらった住居となる空き家も
「何とか暮らしていけそう」という感じでした。

 

〇協力隊員として、どんな活動から始めたんですか?

協力隊としてのミッションは、具体的にはありませんでした(笑)。
何か具体的なテーマがあれば良かったのですが、それを見つけるところからが仕事でした。正直、戸惑いました。
三谷公民館に勤務していましたが、市役所の担当の方からは、「焦らず、1年間は地域に溶け込むことを大切に」とアドバイスされました。
だから、まずは三谷地区をくまなく案内してもらい、住民の方と話したり、地域の行事や祭りの手伝いをしたりして、
「自分のことを知ってもらう」、「仲間として認めてもらう」ことに時間を割きました。

 

〇三谷地区で実際に生活してみて、協力隊としてのテーマは見えましたか?

どの中山間地域でも同じかもしれませんが、暮らしてわかったのは、人口の減少と高齢化、
そして、子どもが少ないということでした。自分の子どもは小学生ですが、同級生は3人だけです。
だから、「地区の人口を維持すること」を大きな課題にしました。
三谷地区は、金沢市の中心部から車で20分ほど。幹線道路が整備され、市内へのアクセスは悪くありません。
にもかかわらず、今も美しい里山の風景が残っています。
「街暮らしの便利さを諦めることなく、里山での暮らしができる」。
三谷地区の強みに気がついたことで、協力隊としての活動もブレイクスルーできました。

 

〇「地区の人口維持」ということは、移住促進の活動に力を入れたということでしょうか?

はい、そうです。「三谷地区」と言っても、金沢市民ですら、知っている人が少ない地区です。
だからまず、三谷地区の魅力をPRする必要があると思いました。同時に、受け皿についても整備する必要があると考えました。
これまでの三谷地区は、移住者を積極的に受け入れてこなかったこともあり、移住希望者向けのPRツールがありませんでした。
そこで、自分が取材・編集・デザインをして作成したのが「金沢×里山 みたに」です。
「金沢×里山 みたに」は、ありのままの三谷地区を紹介することを意識して編集しました。
そういった情報が移住希望者にとって、一番欲しがっている情報であることを、自分自身の経験でわかっていたからです。
「金沢×里山 みたに」は、石川県の移住セミナーなどで使われることになっているので、
一人でも多くの人に三谷地区の魅力を知ってもらいたいと、願っています。


#松田さんが編集した「金沢×里山 みたに」

 

〇移住希望者の受け皿づくりについては、どのような活動を行いましたか?

移住希望者の受け皿となる空き家をリスト化するため、空き家調査を行いました。
結果的に60軒もの空き家があることがわかり、うち家主さんの協力を得て2軒の賃貸物件を確保することができました。
新聞で活動が紹介されたこともあり、この物件への問い合わせはすごくて、私たちの想像を遥かに上回る反響でした。
おかげで2組の移住者が入居することになったのは、活動の成果が見えて自信になりました。
そして、3期目に行ったのが、空き家を有効活用したコワーキングスペース「里山オフィス」の開設です。
移住に関する先進地域の1つ徳島県神山町では、まち全体をサテライトオフィス化する試みがはじまっています。
それをヒントにしたのが「里山オフィス」です。通信環境も整っているので、のんびりとした環境で仕事や勉強、趣味などに利用できます。
いまは、パソコンと通信環境さえあれば、どこでも仕事ができます。コロナ禍によって、暮らしは大きく変わりました。
当たり前が当たり前でなくなった不都合さはありますが、「田舎への移住」という点では、推進力になる予感がしています。
今までの移住は、前職を辞めて移住するのが当たり前でしたが、これからは仕事を続けながら、田舎暮らしができる時代です。
「里山オフィス」がその一翼を担えることを期待しています。


#コワーキングスペースに利用できる「里山オフィス」

 

〇2021年3月末で、協力隊員の任期が終わりますが、その後はどのようにされますか?

引き続き、三谷地区の古民家で家族と一緒に暮らします。
金沢市内の民間企業への就職が決まっているので、これまでと同じ活動はできませんが、
地域のイベントへの参加を通して、三谷地区の振興に携わっていきたいと考えています。

 

〇協力隊を目指している人へのアドバイスを

協力隊員に求められる活動内容は、受け入れ先によって全然違います。
私のように、ミッションが明確になっていない自治体もあるでしょう。そういう場合は、とにかく1年目は焦らないということです。
私自身も「焦らなくていい」とアドバイスを受けましたが、「何かしなくちゃ」と焦り、いくつものボツになった企画を考えたものです。
大切なのは、まずは地域に受け入れてもらうことです。そのためには、自分を知ってもらう、信頼してもらうことが重要です。
「みたに」を発行できたのも、「里山オフィス」を開設できたのも、1年目に多くの人とコミュニケーションをとり、地域に受け入れてもらえたからです。
1年目は焦らず、2年目に種を撒いて、3年目に刈り取る。それぐらいのイメージでいいのではないでしょか。