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夢を実現させた「移住継業」というスタイル

バックパッカー時代に見つけた夢を能登で叶える「土とDISCO」

大学時代にバックパッカーとしてアメリカ、カナダ、メキシコと旅をしました。このときの体験が忘れられず、「いつか様々なジャンルの人が集まって楽しく過ごせるゲストハウスを日本で開きたい。こんなに楽しい空間を自分で作ってみたい!」という夢ができました。大学卒業後は東京のIT企業に就職。2年ほどして、夢への準備のために東京のゲストハウスで店長をし、2年かけて宿泊業のスキルを学びました。
海外で大会に出るくらいダンスが好きで、ダンスや音楽を通じてさまざまな人と出逢いました。夫とも音楽を通じて知り合ったんですよ。「いつか宿をやるなら、音楽を通していろんな人がごちゃ混ぜで楽しめる場を作りたい」と考えるようになったのも自然な流れでした。

移住に向けた行動を本格的に始めたのは、妊娠がきっかけです。東京での子育てが考えられず、自然のある田舎で生活することを決めました。
理想と目標がはっきりとしていたので、東京で石川県産業創出支援機構(ISICO)主催の移住起業セミナーに参加しました。軽い気持ちで参加したのですが、能登の魅力について語る様子があまりに熱心だったので、「フィーリングを確かめに行こう!」と、翌日には夫と一緒に飛行機で能登に行きました。

2泊3日のタイトなスケジュールで能登を一周し、二人ともすごく気に入りました。私は金沢出身ですが、能登にはほとんど行ったことが無かったのです。こんなに素晴らしい自然がある土地で、自分たちの宿を開きたい。この時点で、自然と音楽をコンセプトにした宿「土とDISCO」に決定です!
下見旅行の際、せっかく泊まるなら農家民宿に泊まってみたくて、能登町にある「ゆうか庵」を予約。これが運命を変える出逢いになるとは思っても見ませんでした。

バックパッカーの思い出。「人種も国籍も超えた関係が忘れられません」

ダンスの大会にて

音楽を通して知り合った人たちと

縁と努力と使命感で「移住継業」を実現

ゆうか庵での夕食時に女将さんと雑談をしていて、何気なく私たちの事情を話すと、「5年前からこの宿を継いでくれる人を探しているが、なかなか合う人がいない。この宿を継いでくれないか?」と食い気味で話を進められました(笑)。そんなつもりは全然なかったのですが、思わず女将さんと意気投合し、1年かけて信頼関係を築き、宿を継業することになりました。
ゆうか庵に3週間泊まり込みで、農家民宿としての仕事を教えていただきました。はじめは「自分たちで一からやればいいや」と思っていたのですが、女将さんの話を聞くうちに「貴重な知恵や知識が途絶えてしまうのはもったいない。来てくれるお客様に良いものを提供するためには、私たちが習得しなければ」と、ノウハウをすべて受け継ぐことを決意。特に女将さん直伝の名物「ブルーベリーおこわ」は、今まで誰にも教えたことがないという秘伝のレシピです。芋から作る自家製こんにゃくなど、ゆうか庵ならではのメニューもしっかりと教わりました。

「やることリスト」を作って、一つずつ潰していく。例えば、ご近所さんへの挨拶回りやお客様に出す料理、広大な山や畑の管理など、やることは果てしなくありました。さすがに引き継ぎの間は女将さんとぶつかり合うこともありましたが、他人の私たちに根気よく付き合ってくれて、本当に感謝しています。
「宿を継ぐには農地も含めて」が条件でした。日本では農業をしていない人への農地の売買が認められていないので、手続きがすごく大変でした。私の手には負えません。役所に何度も電話したり足を運んだり、目の前の膨大な書類を前に途方にくれていました。あまりにも役所に電話していたので、ちょっとした有名人かもしれないですね。「また、田村か」みたいな(笑)。一方夫はもともと全くの農業未経験でしたが、事業承継をきっかけに金沢で二つの農業塾に通って知識を習得。私が妊娠していたので代わりに行ってもらうつもりが、意外とハマったみたいで心強いです。

現在、宿はリノベーションの最中です。完成までは金沢の実家で仮住まいをしながらオープンの準備をしています。

「ゆうか庵」にて

「ゆうか庵」の囲炉裏。ここでの雑談が移住の転機に

秘伝レシピで作る「ブルーベリーおこわ」

能登町で女将さんが築いた信頼関係も引き継ぎたい

ゆうか庵からの引き継ぎで3カ月間、能登町に住みました。ご近所の方は気さくに声をかけてくださり、壁を感じません。最初に夫婦で挨拶回りしたこともあると思いますが、やはり、この土地でずっと生きてきた女将さんの信頼が大きいのでしょうね。思いを直接引き継いだ私たちだから、安心してもらえるのだと思います。

都会で子育てをしたくないと思って移住したのに、いざ来てみると、辺りに子どもがいなくて。ちょっとかわいそうかなぁと思っていましたが、保育園に見学に行くと、わりと子どもが多くて安心しました。入園する頃には地元の子どもたちとも、宿に来てくれるお客さんともたくさん触れ合い、のびのびと成長してほしいですね。

自分の畑での収穫は格別

農作業がすっかり板につきました

「自分から動き、感覚を信じる」ことがはじめの一歩

継業を考えるときは、マッチングサイトや紹介も一つの手段かもしれません。ですが、まず興味ある地方や業種に飛び込んで、自分の目と体と頭で感じること、自分の感覚を信じて行動することが大切だと思います。実際に行動してみると、意外と思わぬ出逢いが転がっていますよ。
ゆうか庵が他からの紹介だったら、私たちもこんなに前向きな気持ちにはならなかったと思います。私一人でも無理でしたね。夫が私よりも乗り気で、グイグイ進めてくれたおかげだと思います。千葉出身で、石川に縁もゆかりもないはずなのに(笑)。一人より二人の力は絶大です。

「土とDISCO」は、しばらく一日一組限定での営業になると思いますが、そのうちゲストハウスとして、いろいろな人が音楽を通じて楽しめる宿にしたいと思っています。小さな公園やアウトドアスペースもつくりたい。地域の農産物も持ち寄って「マルシェ」もしたいですね。まだまだ夢の途中です。

田村早苗(たむらさなえ)さん

金沢市出身

土とDISCO」オーナー

Instagram:https://www.instagram.com/tsuchi_disco/