堀 晴菜さん(東京都出身)

旧深見小学校が「みんなの学校」に。みんなで楽しむ新しい暮らし
きっかけは、2025年5月に前職でお世話になっていた方が、震災後の復興支援として輪島市深見町でワークショップに声をかけてもらったんです。そこで出会ったのが「紡ぎ組」でした。
私は東京出身で、実は北陸に来たのはその時が初めてでした。もともと地方や海産物にすごく興味があり、震災前に紡ぎ組が魚の加工も手がけていたと聞いて、魚の事業や漁港の復興に関わりたいと思い、何度か一人でも通うようになりました。
そのうちに、宿営所として使っている廃校での暮らしが魅力的に見えてきて、「ここで生活するの、楽しそうだな」って思ったのが決め手でした。旧深見小学校は、今は“みんなの学校”として宿泊や食堂の機能も持つ場所になっています。
「紡ぎ組」は、平成26年に理事長たちが立ち上げたNPO法人で、震災前から朝市で子ども向けの縁日を開いたり、食事を提供したりと地域を盛り上げる活動をしてきた団体です。今は能登復興をメインに、仮設住宅への移動縁日や、解体業者さんやボランティアの方の宿営所運営、畑作業、耕作放棄地の開墾など、本当にいろいろなことをしています。

震災後に深見町を離れた方たちが、いつかまた戻って集まれる場所になれたらいいなと思っていて、それで“月一居酒屋”を開いたり、毎年春と夏にはみんなで深海町復興祭をしたりしています。能登は海や山の自然が本当にきれいで、春になると桜の下でみんなが集まって笑っているだけでも、すごくいい時間です。
私は「みんなの学校」の中にある「たまご食堂」で、肉まんと、飼っている烏骨鶏と軍鶏の卵を販売するお店の店長もしています。能登は食材が本当に豊かで、地元のものを使った素朴な食べ物でも、すごく美味しいんです。ただ正直、私たちが復興のためにできること、やりたいことは本当に多くて、人手もまだまだ足りないですね。
それでも、この土地には人のあたたかさがあって、日々いろんな人と出会える。ここで過ごす毎日はすごく濃くて、忙しいけれど、すごく充実しています。

それぞれの好きなことが、町の未来につながっていく
震災前は、深見小学校のすぐ目の前に小さな漁港があったんです。でも地震で地面が隆起してしまって、今は漁港としては全く使えない状態になってしまいました。
これからの目標としては、その漁港の復興・復旧を目指して、将来的には小さな家族定置網の漁ができるようになったらいいなと思っています。もちろん簡単なことではないですし、すぐに実現できることではないのですが、いつか「この町なら漁港を再建する価値がある」と国に認めてもらえるような、そんな魅力のある地域づくりをしていきたいと思っています。
私はもともと、漁師さんや魚屋さんに関わる仕事に興味があって、魚に関することに携わりたいという気持ちがありました。でも、それだけじゃなくて、せっかく能登とご縁をいただいたので、この土地が復興に向かっていく過程の中で、人が集まるコミュニティをつくっていくこともすごく大切だなと感じています。能登は人もあたたかくて、外から来た人でも受け入れてくれる懐の深さがある場所だと思います。ここに人が集まって、また新しいつながりが生まれていく。そんな場所づくりにも関わっていけたらいいなと思っています。
でも、「復興のために頑張る」という気持ちだけでここにいるというよりは、自分が好きなことや興味のあることを続けていく中で、それが結果的に地域の人たちの役に立っていく。そんな形が理想ですね。だからこそ、ここがただ復旧するだけじゃなくて、みんなが楽しく関われる町になったらいいなと思っています。
里山里海で見つけた、研ぎ澄まされた五感と本当の豊かさ
もともと自然がすごく好きなんです。魚も獲るのも面白いし、捌くのも好きだし、もちろん食べるのも好きで。実は生まれが北海道なので、そういう感覚のルーツがあるのかもしれませんね。
深見での生活は、目の前に海が広がっていて、本当に気持ちいい環境です。こっちに来てからは魚だけじゃなくて、軍鶏も自分で捌くようになりました。魚に興味があって能登に来たんですが、軍鶏を捌いて食べる経験をしてから、命とか生きることについて、もっと広く考えるようになった気がします。
能登での生活は、シンプルにすごく楽しいです。公民館が主催しているヨガやピラティスのワークショップにもよく参加して、地域のおばあちゃんたちとも仲良くさせてもらっていて、そういう時間もすごく好きですね。
あと、能登に来てから身体にもいろいろ変化があって。まず目が良くなった気がするんです。それと一番驚いたのは、味覚が変わったことですね。里山里海に囲まれた環境で暮らしていると、舌がすごく敏感になりました。以前は東京での外食も普通に楽しんでいましたが、今はちょっとした違和感のある味が気になるようになりました。でも、それってすごく大事な感覚だなと思っています。
今年の冬は雪もたくさん降って、自分の身長くらいの雪だるまを作ったりしていました。都会にいると気づきにくいけれど、ここでは自然の小さな変化で季節の移り変わりを感じられますね。
春になれば、ふきのとうを採ったり、季節ごとの旬のものを楽しんだり。そういう自然の恵みを身近に感じながら暮らせるのが、すごく豊かだなと思っています。
復興の途中だからこそ、挑戦できる町
今の能登は復興の途中にある場所ですが、私はむしろ若い人にとっては「0からチャレンジできる場所」だと思っています。まだ整っていない部分も多いからこそ、自分が少しでも興味を持ったことが、そのまま仕事や活動につながる可能性があります。
実際に来てくれている復興留学生の子たちも、自分の興味のある分野で動いてみて、「人に喜んでもらえる」っていう体験ができるのがすごく大きいと思います。そういう経験って、なかなかできない貴重なことだと思います。
これからは東京や他の地域とのネットワークももっとつくっていきながら、能登でのイベントや企画を発信していきたいですね。
あと、若いスタッフは常に募集中です。若い人がどんどんチャレンジしてくれることで、能登全体がもっと元気になっていったらいいなと思っています。
ここが、いろんな人が集まって楽しめる拠点みたいな場所になったら嬉しいですね。

深見から広がる、新しいコミュニティ
いつか全国からいろんな人が深見に来てくれる場所にしていきたいなって思っています。もちろん能登や輪島のためでもありますが、それだけでなく、例えば東京でちょっと行き詰まってしまったり、「環境を変えてみたいな」と思っている若い人たちにとっての居場所にもなったらいいなと思います。
実際、ここで暮らしていると生活と仕事の境目がほとんどなくて、毎日が全部つながっている感じです。だからこそ、その中で「自分はどうして働くのか」とか、「働く・生きるってどういうことだろう」っていうことを、これからもっと考えながら深めていきたいなと思っています。
あと、紡ぎ組のポリシーはすごくシンプルで、「面白いことしかしない」なんです。復興って聞くとどうしても大変なイメージがあると思うんですけど、前向きな気持ちで、笑いながら進んでいけたらいいなって思っています。
今ちょうど始めようとしているのが、「みんなのタクシー」ならぬ「みんなのタケシー」というタクシー事業です。「タケシ呼ぼうか!」みたいな感じで笑。もちろん一般のお客さんにも使ってもらえますが、仮設住宅に住んでいるお年寄りが外に出やすくなるように、ドア・トゥ・ドアで送迎して、ちょっとした介護のサポートもできるような事業として準備中です。
移動する機会が増えるだけでも、気持ちが明るくなったり、人に会えたりすると思うので、みなさんが心も体も元気でいられるような仕組みになったら嬉しいですね。

