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羽咋で叶える大家族の夢と自然栽培の米づくり

小原 天磨さん(北海道出身)

 

 

ずっと描いていた「子育てする場所」

私たち夫婦は、北海道の大学時代に出会いました。卒業後は、私が東京で就職し、妻は北海道に残ったため、しばらくは遠距離での交際が続いていました。

もともと結婚したら、できるだけ自然のある良い環境で子育てをしたいという思いがあり、地方への移住は以前から夫婦で話し合っていました。そんな中で、コロナ禍をきっかけに私の仕事がフルリモートになり、場所に縛られずに働けるなら、今が移住のタイミングかもしれないと考え、2022年3月に結婚して、5月には羽咋市へ移住しました。

当初は関西圏での移住も検討していましたが、子育て支援が十分に整っている自治体が意外と少なくて。そこで、以前から少し縁のあった石川県にも目を向けてみたところ、私たちが思い描いていた家族の暮らし方に一番しっくりきたのが羽咋市でした。

実は学生時代に、羽咋市のまちづくりについて書かれた本を読んだことがあり、そのときの印象もどこか心に残っていて、不思議とご縁のようなものを感じました。結果として、今こうして家族でこの町に暮らせていることを、とてもありがたく思っています。

 

羽咋でのスタートは築160年の古民家と米づくり

移住を決めてから、羽咋市にある築160年の古民家を購入し、自分たちの手で少しずつリノベーションを重ねて、「古民家 奏」をオープンしました。

今は、宿のほとんどは妻にまかせて、私は東京の会社に勤めながら、リモートワークという形で能登の暮らしと東京の仕事を両立しています。

もともと大学時代から米づくりに興味があったこともあり、移住してからは「のと里山農業塾」で農業を学びました。今は自宅の近くで田んぼを借りて、自然栽培でお米を育てています。

自然栽培は、常に雑草や害虫との戦いなので、自然や環境、そこに生きる生き物たちを理解しながら向き合っていかなければ、お米は育ってくれません。

でも、その手間と時間こそが面白くもあるので、自然栽培での米づくりそのものを楽しんでいます。

 

 

 

移住して感じた、子どもに対する田舎のやさしさ

現在は、2歳、1歳、0歳の年子の子どもがいます。
私自身がもともと少人数の家族で育ったこともあり、昔から大家族への憧れがあったので、これからももっと賑やかで、笑い声の絶えない家族になっていけたらいいなと思っています。実は、まだまだ増える予定です。

子育てについては、夫婦で助け合いながらやっています。私が仕事で忙しい時は妻に任せることも多いですし、逆に妻が下の子を連れて実家に帰る時には、私が上の二人の面倒を見ることもあります。そんなふうにお互いに支え合いながら、日々の子育てをしている感じですね。

おかげで最近は、「パパ認定10レベル」をもらえました。少しは頼られる存在になれてきたのかな、と思っています。

羽咋市の子育て環境も、とても気に入っています。待機児童がいないことに加えて、赤ちゃんの頃から預かってもらえるので、仕事との両立もしやすい。自然も豊かなので、子どもたちがのびのび遊べる場所がたくさんあるのも魅力ですね。

それに、ここの人たちは子どものいる家庭にとても温かいんです。地域のつながりも近く、近所の方々が子どもたちのことをよく気にかけてくれます。そうした環境の中で子育てができることは、本当にありがたいことだと感じています。

 

地域に馴染めば、地方の暮らしはもっと面白くなる

私は大学時代からお祭りが好きで、能登には多くのお祭りがあり、なかでも七尾の石崎奉燈祭には、毎年参加させてもらっています。お祭りは地域の方々と自然に知り合える場でもあるので、少しずつ仲間にも入れてもらっている感じです。

また、町内会の活動や地域の行事にも、できるだけ積極的に参加するようにしています。地元の方の中には、役員などを負担に感じる方も多いので、引き受けるととても喜んでもらえます。そうした関わりを通して、地域との距離も自然と近くなっていくように思います。

現在は羽咋青年会議所にも所属しており、地域の若い世代の方々と交流する機会も増えました。意外とIT系の仕事をしている若い人も多くて、話していると東京の人たちとそれほど変わらない感覚です。

実際に地方へ移住してみて感じるのは、自分から積極的に地域に関わっていった方が、暮らしはずっと楽しくなるし、この土地での生活もうまくいくと思います。

東京の会社でのリモートワークも、ちょうど良いバランスなのかもしれません。今まで積み上げてきた仕事をしながら、地方で子育てをする。今の時代だからこそ、こうした生き方も十分に可能になっていると感じています。

 

たくさんの人が心触れ合う宿「古民家 奏」

この家を購入できたことはラッキーでした。都会でこの広さの家はまず購入できません。この家は平家だけど広くて、「この空間をもっと活かせないかな」と考えるようになり、宿を始めることになりました。

気づけば、妻がすっかり宿づくりに夢中になっていて、「ここを拠点にして、いろいろな地域で宿をつくりたい!」と、大きな夢を持つようになりました。

能登のイベント時にも様々なお客様が来てくれますが、昨年からは、家族で地域に滞在しながら過ごす「保育園留学」という取り組みも始めています。

1〜2週間この宿に滞在していただき、その間、近くの保育園に通ったり、私たちの子どもたちとの交流も楽しんでいます。

このあたりは自然が本当に豊かで、ゆったりとした時間が流れています。でも一方で、少し出かければ金沢に行けるので、観光や買い物も楽しめるんです。自然の中で過ごす時間と街を楽しむ時間、その両方を味わえるのもこの場所の魅力だと思います。

 

  

 

移住して、人生のフィールドが広がる

もともとは、移住したらすぐに東京の仕事を辞めて、羽咋で農業を始めようと考えていました。ただ実際に暮らしてみると、東京の会社でのリモートワークという働き方が自分に合っていて。今はその仕事を続けながら、農業と両立していく形が一番自然だと感じています。

振り返ってみると、結婚、子育て、そして移住と、今に至りますが、気がつけば自分の生活の中で一番大きな割合を占めるようになっていたのが農業です。まだ規模としては小さく、自然栽培を中心に取り組んでいる段階ですが、これから少しずつ田んぼを増やしていきながら、長く農業に関わっていきたいと考えています。

また、最近は移住者に対する地域の受け入れ方も、以前よりずっと前向きになってきているように感じます。都市部への一極集中から地方へと流れが変わりつつある中で、移住や子育てを後押しする制度も整ってきていますし、行政や地域の方々もとても温かく迎えてくださいます。もちろん生活には工夫も必要ですが、金銭面についても過度に心配する必要はなく、むしろ自分たちらしい暮らしを築くための大きなチャンスなのではないかと思っています。